au 4G LTEの上りが遅いワケ

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はじめに

ドコモの決算発表会でKDDIの上り実効速度が遅いことがすっぱ抜かれてしまい、この遅さに対して “WiMAX2+の上りが遅いから” という考察があった[1]
確かにWiMAX2+の上りが遅いことも十二分に影響しているであろう。しかしながらBand1 LTEの上りも十分に遅いのである。今回はこれについて長々と論じさせていただきたい。

結論

PHSが邪魔で上り帯域が狭められただけでなく、他社のLTEと同じように上り帯域すべてを1人が占有できないから

おことわり

カテゴリ4端末で下り15MHz幅運用の基地局に接続した場合には下り最大112.5Mbpsとなるが、auのエリアマップに合わせて100Mbpsと表現する。
auのエリアマップでは基地局から端末への理論値最高速度は “受信最大” と表現されているが、3GPPの規格書の中ではこの方向の通信を “ダウンリンク” と表現されていることよりソフトバンク式に “下り最大” と表現する。

どこでやる? 150メガLTE

さて、始めに思い出していただきたいのがKDDIの電波割り当てである。まとめると以下の通りとなる。

周波数帯 バンド番号 上り帯域 [MHz] 下り帯域 [MHz]
700MHz帯 Band 28 718 – 728 773 – 783
800MHz帯 Band 18 815 – 830 860 – 875
1.5GHz帯 Band 11 1437.9 – 1447.9 1485.9 – 1495.9
2GHz帯 Band 1 1920 – 1940 2110 – 2130
2.5GHz帯 Band 41 2595 – 2645(時間分割複信)
3.5GHz帯 Band 42 3520 -3560(時間分割複信)

このうち800MHz帯は15MHz幅中5MHzを3Gに使っており、2GHz帯は都心など一部地域で20MHz幅中5 – 15MHzを3Gに使っていることを忘れてはならない。このため下り・上り両最大速度の組み合わせをまとめると以下の通りとなる。

周波数帯 下り最大[Mbps] 上り最大[Mbps]
700MHz帯 75 15[2]
800MHz帯 75 25
1.5GHz帯 75 25
2GHz帯  37.5 12.5
 75 25
 112.5 15
 150 12
2.5GHz帯 110 10

なお、このリストにはカテゴリ4端末が2×2 MIMOが可能なエリアで通信したときの速度を示している。さて、聡明な読者の皆様は2GHz帯を下り150Mbpsとした時に上り最大速度が異様に遅くなっていることに気づくであろう。しかしながらこれは事実だ。プレスリリース記事にもある[3][4]。今回は、なぜ他社の下り最大150MbpsのLTEでは上り最大50Mbpsとなっている[5]のに対し、下り最大150Mbpsのau 4G LTEでは上り最大12Mbpsとなるのかを考えてみたい。

PHSに起因するLTEの制限

マルコーニの電波通信実用化から110年、高い周波数といえども電波通信の隆盛から様々な通信方式の共存や稠密な利用を求められるなど、様々な “しがらみ” を抱えるようになっていた。この中で開発されたLTEという規格には当然ながらこのしがらみに対応した制御がある。
その中の一つに端末に対して属地域的な追加の制限を伝達するネットワークシグナルという物があり、日本においてはPHSの保護のためにはNS_05が定義されている。これは “LTEの上りは電波発射の幅に応じてPHS割当帯域から十分に離隔を取り、PHS帯域にノイズを一定以上まき散らすな” という要求である。
PHSとauの上り帯域
先の割当帯域の表および上記画像から判るように、他社とは違いKDDIのBand 1上り帯域 (1920 – 1960MHz) のすぐそばにPHS割当帯域 (1884.5 – 1915.7MHz, 割り当て解除されたところまで含めると1919.6MHzまで) が迫っており、運用に制限がかかってしまうのは自明である。
しかしながらこのNS_05というネットワークシグナルは最初、LTEの上りがPHSから十分に離隔が取れない条件、つまりKDDIがBand 1で基地局が発射する下りが15MHz幅 (下り最大100Mbps), 20MHz幅 (150Mbps) のLTEを展開する事が考慮されてなく、この条件に関しては更なる研究を要するとしか書かれていないという大変挑戦的な代物であった[6]
このためKDDIが下り最大100Mbps以上のLTEを展開するために、イー・モバイルが四国は香川で実験した[7]ように、バンド内CAにより(上下共にある)完全な10MHz幅のLTEに下りのみの10MHz幅LTEをくっつけるという方法も提案されていた[8]。しかしながらその方法はキャリアアグリゲーションの商用化を待たねばならないなど様々な点で都合が悪く[6]、”更なる研究” をハッキリさせようという主張もあった[9]ため、研究の結果を反映させる形で100Mbps超の実現には決着がついたのである。

au 4G LTEにPHSから科せられた条件とは

では研究の結果とは何だったのだろうか? それは一般的なLTEでは上り電波の最大幅を下り電波の幅と同じにするところを、PHSから十分な離隔を取れるように上り電波の最大幅を狭くした。このため上り最大速度が遅いのである。
KDDIが下り最大100Mbps超のLTEを実現するために必要なNS_05に関する改定は、改定前に設計された機種であっても問題なく通信できるよう、端末に対する規定はほぼそのままに基地局に手を入れる形で実装されている[6]
この結果、工事設計認証(技適)を取り直すだけでiPhone5のような、既に発売されていた機種でも高速通信が可能になったわけだが、ではどのように実装されているのだろうか?
NS_05の規定には “LTEの上りは電波発射の幅に応じてPHS割当帯域から十分に離隔を取り、PHS帯域にノイズを一定以上まき散らすな” とある訳なので、”10MHz幅のLTEと同様に上り帯域を使えば上り最大25Mbpsとなるのでは?” と思う方もいらっしゃるかもしれない。しかしこれは不可能である。
電波を発射する際にはどうしてもノイズ(不要発射)が出てしまう。このうち望んだ電波のすぐ隣に出てくる、”帯域外発射” と呼ばれる成分の存在がPHSとの離隔を十分に取らなければならない理由であり、このために端末1台あたりの上りの幅が5.4MHzまで(下り15MHz幅時)もしくは4.32MHzまで(同20MHz幅時)に制限される。そして携帯電話という仕組みの都合上、1ヶ所の基地局で1台の端末だけが通信していることはまずあり得ない。かなりの確率で複数台の端末が通信しており、複数台の端末が近い周波数で同時に電波を発射する事によって、”混変調積” と呼ばれるノイズが発生してしまう。このノイズがPHSの帯域に発生し、影響を与えてしまわないように上り帯域の端の部分は使わないようにされている。
この結果上りとして利用可能なのは1927.19 – 1937.81MHz間の10.63MHz幅 (下り15MHz幅時), 1925.32 – 1934.68MHz間の9.36MHz幅 (同20MHz幅時) となるのである。上で触れた下の10MHzを下りのみとして利用したバンド内CAよりも上りとして利用可能な帯域幅が若干広い[10]という事が判る。
そして、Band1 LTEに対応した機種の工事設計認証を確認しても判るが、上り帯域のうち利用が可能な幅と1台の端末が利用可能な上り電波の最大幅とを比べると、1台あたりの上り最大幅の方が十分に狭いのである。
このため、十分に混雑した環境に限れば、バンド内CAをやった場合と比べて上り帯域を多く取れるため実効上り速度を向上させることができ、CAに必要な制御信号の増加を防ぎ下り実効速度を向上させる[7]ことに成功したのである。
加えて、他社の150Mbps LTEでは1台の基地局を1台の端末が占有したときに上り最大速度である50Mbpsを実現可能であるのに対し、KDDIの場合は1台の基地局に2台の端末が繋がっていても上り最大速度である12Mbpsが実現可能なのである。

仮にPHSが居なくなった世界

“もし仮にPHSが居なくなったとして、KDDIのBand1 LTEの上り最大速度は他社と同様の他社と同様に50Mbpsを叩きだせるのだろうか?” という疑問があるだろう。その解答は否である。
残念ながらBand 1の定義の中に “Band 33保護を目的としてBand 1上り帯域のすぐ下にノイズをまき散らさないようにするため、上り帯域の中心周波数が低い場合は端末1台あたりの上りの幅を9.72MHzまでとしなさい” とある[2]ので、残念ながら上り最大速度は適切な上り電力制限の規定がない限り27Mbps止まりとなってしまう。

むすび

NS_05改定研究の初期には “運用次第で上り最大22.5Mbpsもしくは18Mbpsを出せる” という机上の計算ではあった[6]が、運用の単純化[11]や既存の端末の中にはPHSの保護が不可能な物がある[12]ことから、現在の様に一律に上り帯域を狭めるという運用になってしまったり、ちゃんと上下10MHz幅ずつあるB1 LTE1波と制限された上りを持つ10MHz幅1波とをバンド内CAすることによって上り容量を最大化するという手法[11]が執れなくなってしまったりと、当初の検討からすると大変残念な改定内容であってことは否めない。”あくまでもRel-8の端末に問題があったのだから、Rel-9以降の端末に向けて強化した基準を適用すれば良かったのでは?” という意見もあるかもしれないが、1つのバンドに対して1つのネットワークシグナルしか通知できない[13]ので残念ながら不可能であった。
しかしながら衛星IMTとして確保された周波数を地上向けに転用しようとする計画においてBand 65が定義され[14]、それに関連する新NSとして上り帯域を最大化しようとされたと同時に、Band 1に向けたNS_05にもBand 65と一致させ、Band1対応Rel-12端末が商用化されてないからといってRel-12からねじ込まれる形[15]で更なる改定が入った[16]ことを大変嬉しく思う。
しかしながらBand 65の新規帯域となる30MHz幅が使える条件でBand 34とPHSとの両方の保護規定を満たすネットワークシグナル定義が不要であると宣言されてしまった[14]ことに、”Band 1と地続きで使いやすいはずのBand 65を日本で使う道を閉ざしてしまっていいのか?” と若干の不安を覚える。他のバンドのようにバンド規定の中にPHS保護規定が収まっていることを期待したい。

参考文献と補足

  1. KAZ(2016)「auが公開しなかった「上り」の実効速度、ドコモがバラしてしまう」,『iPhone Mania』, 2016/02/17閲覧
  2. 3GPP TS 36.101 version 12.5.0 Release 12」, pp100-106, 2016/02/27閲覧
  3. 「4G LTE」で受信最大100Mbpsの高速データ通信サービス提供開始」, KDDI株式会社・沖縄セルラー株式会社, 2016/02/17閲覧
  4. 国内モバイルデータ通信最速! 「4G LTE」で受信最大150Mbpsの高速データ通信サービス提供開始」, KDDI株式会社・沖縄セルラー株式会社, 2016/02/17閲覧
  5. 国内最速150MbpsのLTEサービス提供に向けた試験運用を開始」, 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ, 2016/02/17閲覧
  6. R4-124063, ”Lower Band 1 protection of PHS in Japan”, KDDI, Qualcomm Incorporated, 2016/02/17閲覧
  7. 1.7GHz帯でのLTE実証実験(下り300Mbps)で下り291Mbpsを記録」, イー・アクセス株式会社,   2016/02/17閲覧
  8. R4-123415, “New Work Item proposal: Intra-band contiguous carrier aggregation of Band 1“, KDDI,  2016/02/17閲覧
  9. R4-121312, “Clarification for NS_05 requirement regarding PHS protection in Japan“, KDDI,  2016/02/17閲覧
  10. 10MHz幅のLTEで実際に利用される幅はきっかり9MHzジャストである。
  11. R4-125501, “Low-range Band 1 coexistence with PHS“, Ericsson, ST-Ericsson,  2016/02/17閲覧
  12. R4-125272, “Consideration on PHS protection“, NTT DOCOMO,  2016/02/17閲覧
  13. R4‑151372, “Suggestion on harmonizing MSS band between Region 1 and Region 3“, KDDI Corporation, 2016/02/19閲覧
  14. R4-152696, “TP for TR36.861: Required NS Values for Japan“, KDDI Corporation, 2016/02/27閲覧
  15. R4-155822, “NS Versioning for PHS Protection in Japan“, KDDI Corporation, 2016/02/24閲覧
  16. 電波政策2020懇談会 制度WGヒアリング資料」, KDDI株式会社, p15, 2016/02/27閲覧

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